三千界のアバター

廃墟に消えた少年の影

リアクション公開中!

廃墟に消えた少年の影
リアクション
1 | 2 | 3  Next Last


序章『暗がりで蠢く者達』

 空白の世界ブランク。
 そこは凶悪な不可視の化物テュポーンや巨大なギガンティックが闊歩する世界であり、安全な場所などはどこにもない。
 どこに隠れようとも、その凶悪な化物から逃げる術はない。
 ここは子供達が身を寄せるハイドホーム近くの廃墟。
 かつては何かの施設であったようだが劣化や損耗が激しく、あちこちが崩れていて当時の面影を残す物は少ない。
 そんな場所を辺りを注意深く進んでいるのは小さな少女九鬼 苺炎
 彼女はロングウェーブのかかったピンク色の髪を隙間風で軽く揺らしながら、慎重に進んでいく。
 たった一人だけでの調査。危険がないわけがない。
(何か手がかりになる様な物でもあればいいんだけど……)
 廊下に面した小さな小部屋を発見した苺炎はゆっくりと部屋の中を覗く。
 苺炎は黒と紫色の瞳をきょろきょろと動かして部屋の中の安全と何か情報はないかと視線を巡らせた。
 しかし手掛かりらしい手掛かりはなく、崩れたロッカーや血に染まった何かのポスターの様な物が床に散乱しているだけだった。
 彼女はその後も近くの部屋を同じ様に探したのだが有力な情報はおろか、何か小さな手がかりすら見つからない。
「どうしよう……このまま無収穫ってわけにはいかないわよね――――ッ!」
 そこまで言った苺炎は口をつぐんで即座にアステリズムを起動する。
 小さな光を僅かに放出したケープの形をしたそれは瞬く間に星形となり彼女の小さな体を空へと運んだ。
 天井に空いた穴の中で身を潜める彼女のすぐ目の前を甲殻類特有の甲殻に覆われた足が蠢く。
 それはカニ型テュポーンであった。どうやら彼らは目が悪いのか至近距離でも身動きさえしなければ感知しないようだった。
 現状の戦力は彼女苺炎ただ一人。真面に戦うにはリスクが大きすぎる相手であった。
(あれの目が悪くて助かったわね…………行った……かな? 今のうちに……!)
 カニ型テュポーンをやり過ごした苺炎は音をたてないようにゆっくりと飛行すると手近な部屋へと侵入する。
 そこは他の部屋とは違い、ロッカーやポスターの類はなくただ簡素な机と壊れたPCモニターがあるだけであった。
「これならっ……! 何か手がかりがあるかも」
 目を閉じてPCへ手をかざすと苺炎は意識を集中させていく。
 すると彼女の脳裏にテュポーンに襲われる子供達と最後の一人が何かの起爆装置の様な物に辿り着けず死を迎える場面が浮かんだ。
 そしてその導火線が繋がった先に見える大量のテュポーンの卵達も。
「となると、まさかまだここに……っ」
 崩れた本などをどかすとすぐに先程見た起爆装置らしきものが見つかった。
 これがあるのならば、恐らくその導火線の先にあるのは十中八九テュポーン達の卵だろう。
「まだ動くかわからないけど、押すしかないもんね!」
 体重をかけてレバー型のスイッチを倒すとカチッと音がした。その直後、すこし遠くで爆発音と轟音、そして身体が揺れる程の振動が伝わった。
 恐らく導火線の先にある爆薬が炸裂し、テュポーンの卵を粉々に吹き飛ばしたのだろう。
「さぁーて、あいつらが音にひかれてる間に逃げないとっ」
 廊下にカニ型テュポーンの気配がしないことを確認すると苺炎はその場を後にした。



「はぁ、はぁ……一体、どれだけ……いるってのよ……こいつらっ」
 肩で息をするアルトナは既に満身創痍であった。
 足元に転がるのは動かなくなったテュポーン達の死体。そのどれもが引き裂かれ、ばらばらになっている。
 かなりの数のテュポーンを屠った彼女であったがいまだテュポーンの数は減る事はなく、アルトナをぐるりと囲んでいた。
 そのうちの数体が彼女に向かって咆哮をあげながら突進。
 反撃しようとするアルトナであったがその腕は鉛の様に重く、思い通りに動かない。
「もう……ここまでか、ニベド……ごめん……」
「諦めるのは早いですよ、アルトナさん」
「えっ……」
 顔をあげたアルトナが見たのは猛る轟炎が杖の先から現れ、テュポーンを包む光景だった。、
 炎に包まれたテュポーンはもがき苦しむ様に地面をのた打ち回り、ついにはその生命活動を停止する。
「命の息吹よ、いまここに……」
 一人の少女――ラシェル・ロニセラ静かに呟くと古びた本が空中に浮かびあがり、開かれた。
 そのページはぱらぱらとめくられていき、淡く青白い光が強くなっていく。
 すると次の瞬間、その光は粒子状となってアルトナの身体に降り注いだ。
 光の粒子が体に吸収される度に彼女の傷はみるみるうちに塞がっていく。
 あっというまにアルトナの身体中の傷はその痕跡すらわからない程に塞がった。
「……ありがとう」
「いえ、当然のことをしたまでです。あとは……これを」
 祈る様にラシェルが目を閉じると彼女の足元から水色の綺麗な帯状の光が現れていく。
 それらは彼女の周りを回る様に移動した後アルトナへと吸い込まれていった。
「暖かい……これは?」
「私の力を貴女に貸し与えます。これでテュポーン達とも再び戦えますよ」
「わかる、わかるわ……体に力が漲っていくのがッ! これなら、まだ私はやれる!」
 再びアルトナの右腕を炎が包み、力を取り戻したことを確認するとアルトナは直ぐに立ち上がり、剣を構えてテュポーン達の群れへと突っ込んだ。
「待ってっ! まだ貴女の傷は……!」
「待ってなんかいられないの! だって、だって……ッ! ニベドがいたんだもの! あの先に……!」
 剣を振り上げ迫るテュポーンを動かぬ肉塊へと変えていくアルトナであったがその戦い方は自らの傷をいとわない危ういもの。
 完全に我を失っている状態であった。
「どけ、どけぇぇぇぇッ! あの先に、あの先にいるのよッ! ニベ――――」
 その時、大きく口を開けたテュポーンが彼女の側面の壁を突き破って現れた。
 攻撃動作の直後であったアルトナにそれを回避する術はない。
(うそ、でしょ……避けられ……!)
「させないッ! はぁぁぁぁぁーッ!」
 アルトナとテュポーンとの間に割って入ったのはシーナ・ロンベルクであった。
 防御を固めた彼女はその鉄壁の防御で迫るテュポーンの牙を弾くと、その頭を力任せに打ち付ける。
 衝撃に耐えられなかったテュポーンはバランスを崩したまま崩れた壁に激突、身動き一つしなくなった。
 彼女に指示通りに動いた銀翼の守護鳥が彼女の頭の上を翻る。
「アルトナさんを一旦後ろへ……! ここは私が抑えます!」
「ああ、まかせろ!」
 シーナがテュポーンを足止めする間に紅紫 司がアルトナを連れてラシェルのいる後方へと下がる。
 その姿をしっかりと見送ったシーナは気合十分にテュポーン達の群れへとその瞳を向けた。
 強い意志の宿ったその瞳はテュポーン達の異形たる咆哮にも負けてはいない。
 複数体のテュポーンが彼女という壁を突破しようとその身構わずに突っ込んできた。
 高速で突進する魚型の彼らはそのひとうひとつがまるで魚雷の様な速さであった。
 シーナは振り被ると、勢いと重量に任せてまず直近の一体を地面へと叩きつける。ぐしゃっという音がして地面に打ち付けられたテュポーンは絶命した。
 そのまま遠心力をいかして一回転したシーナは次に迫るテュポーンを殴り飛ばす。
 煌めく銀色の一撃が炸裂したテュポーンはそのダメージに耐えられず、錐揉み回転しながら壁へと激突しその生涯を終えた。
 接近してきた最後の一体を正面から受け止め、その頭を掴むとぎりぎりとお互いは拮抗する。
 サイズで勝っているのかテュポーンに押され、シーナの身体はじりじりと後ろへ後退していく。
「ここの通行税は……高くつきますよッッ!」
 直後、テュポーンの真下から放たれた不可視の一撃がその体を大きく空中へと跳ね上げた。
 全く予想していなかった攻撃に対処できず、テュポーンは体勢を崩したまま天井に激突、ふらふらと落ちてくる所を銀翼の守護鳥に刈り取られる。
 引き裂かれ、動かなくなった肉片はばらばらと地面へと落ちた。
 テュポーンの大群相手に獅子奮迅の活躍を見せるシーナを見ながらアルトナは悔しそうに地面を自らの拳で叩く。
「私だって……私……だって……!」
「気持ちは分かる。だが、まずは落ち着け」
 司の言葉を聞き、歯がゆい気持ちに支配されそうになるアルトナの鼻に何かの香りが届く。
 それは心が穏やかになる様な、安らかな癒しを与える……そんな香りであった。
「あの、これは?」
「ああ、これか。ハーブを取り扱う店『セルマテトラ』で取れたハーブを加工し、お香として使用できるようにしたものだ。特別な知識もいらないし簡単に焚ける。一時休養するにはもってこいの品だな」
 ハーブの醸し出す良い香りに包まれ、次第にアルトナは落ち着きを取り戻していく。それは強張った心がほぐれていくかのようだった。
「探し人が見つかったのならまずは冷静になる事だ。そしてチャンスを待って確実にものにする」
「チャンス……」
 うつむくアルトナの頭を優しく撫でながら司は言う。
「それが助ける側の心構えって奴だ」
「ありがと、なんか私、頭に血が上り過ぎてたみたい。そうよね、これじゃ助けられるものも助けられないわ」
 血の通ったいい表情を取り戻したアルトナを見て司は笑うと立ち上がる。勿論、手早くお香も片付けて。
「落ち着いたか、ならここを切り抜けるぞ。お前の探していた人を助けるためにもな。お前には……その力があるんだ」
「ええ、任せて!」
 司は鷲のファミリアを顕現させるとテュポーンに向かって放った。
 真っ直ぐに飛んだファミリアはテュポーンの側面からその体を貫く。
「いいか、奴らは側面に死角がある。側面から攻撃するんだ!」
「了解っ! でやぁぁぁぁっ!」
 激しい炎を纏ったアルトナの剣が豪風と共に振るわれる。その一撃は数体のテュポーンを纏めて屠る程であった。
「その調子だ! このまま数を減らして突破するぞ!」
 司とアルトナが奮戦するその近くで同じ様に奮戦する者がいた。
「はぁはぁ……次はどれかな。ああ、あいつか!」
 彼――青海 守人は自らの身体に顕現させたスコルピオンテイルを振り回しテュポーンの群れの中を喰い破る様に駆けていく。
 周囲のテュポーンも彼を止めようと襲い掛かるのだが後方、側面は振り回されるサソリの尾で。前方はその手から放たれる炎の奔流でと、隙を見せない彼を上手く攻められないでいた。
 踊る様にテュポーンを蹴散らしていく彼であったが、その体には小さな傷が蓄積しそれは既に見過ごせないダメージとなってきている。
「ほら、プレゼントだッ!」
 サソリの尾を切り離すとテュポーンの群れの中へと守人はそれを投げた。
 くるくると飛翔したサソリの尾の先は群れの中心へと着地し数秒も立たずに破裂する。
 微細な破片と共に紫色の液体が撒き散らされテュポーンの群れを包み込んだ。
 サソリの毒が体にまわったテュポーン達はもがき苦しみ、ばたばたとその身を地に落としていった。
「一番数が多そうなところは……そこか!」
「それ以上行かないで、いったん引いて」
 誰かの声が聞こえた気がするが彼は気にしなかった。
 身を低くして地を疾走する彼はその手から紅い炎を煌めかせる。紅の火炎は蛇の様に地を這い、テュポーン達を焼いていく。
 黒く焦げたテュポーンの一体が自由に動かないその体に鞭打って守人へと猛進した。
 彼はそれを受け止め、その口に手を突っ込む。
「往生際が悪いな、これを食らって大人しくしてろッ!」
 テュポーンの身体の中へ噴き出された火炎はその体を突き破る様にしてテュポーンを炎で包んだ。
 崩れ落ちるテュポーンを眺め、肩で息をする守人の首筋へと誰かの手がまわった。
「え……あれ、首に……指が……?」
 その直後、彼の視界は暗転しその意識は闇へと沈んだ。
「……手間かけさせないで」
 がくりと意識を失った守人を引きずるのは猫実 吉乃であった。
 彼女は戦いながら、守人を気にかけていた。
 どう見ても無理な戦いをする守人の事を放っておけなかったのである。
「全く、ああなると周りが見えなくなるんだから。何が大丈夫よ、あんな作り笑いで私が騙せるとでも? はっ! 忍びを舐めないでもらいたいわね……」
 守人を引きずりながらその手にプラーナを収縮させ、玉上にすると二人を狙おうと迫ってくるテュポーン目掛けて放った。
 玉はテュポーンにぶつかると炸裂し爆音と眩い輝きと共にテュポーンを消し飛ばした。
「ギシャアアアアアア!」
「奇襲なら、最後まで声を上げない事ね。まあ、魚程度に言ってもしかたなかったわ」
 一撃で死角から迫ったテュポーンを地面へと沈めると吉乃はずるずると守人を引きずり続けた。
 なおも彼女の小言は続く。
「オレは丈夫だから大丈夫? 見事な作り笑顔で言われてもね、わかるのよ。ああ、もう、わかってしまうの!」 
 彼女は思う。自分は元々こういう場にいる人間ではないと。
 そんな自分がなんでこんなことをしているのか。
 変わった? いや、ほだされた? 否、あの子達を可愛くて役に立つ子達と思ってるだけ……それだけの、はず。
 彼女が守人を引きずって移動しているその時、後方にて怪我人の治療をしていたメル・ボルジアは守人の事を想っていた。
「また守人さん、無茶しちゃってるのかな……私だって……ちょっとは」
 戦える……そう言おうとして彼女は俯いてしまう。
 なぜならそうなったのも彼女の自業自得といえるからだった。
 そうでないと言うものもいるかもしれない。だが彼女はそう思うのだ。
「守人さんは自分が辛くても、周りの人の為に笑っちゃう人……だから私も最初は分からなくて、強い人なんだって思っちゃった」
 そして後に彼女は気づいたのである。
 守人は強いのではなく、自らの辛さや痛みに笑顔という名の仮面を付け、誤魔化してしまっている事に。
 そんなこじれてしまった守人の一面に。
「あの時……守人さんを頼りきっちゃったな私」
 過去の出来事を思い浮かべる様にメルは天を仰ぐ。
「私の泣き言は聞いてもらうのに……守人さんの泣き言は聞いてない……このままじゃ守人さん……」
 守人を心配している彼女の目に信じられない光景が飛び込んでくる。
 それは静かな笑顔のまま守人を引きずり、周りのテュポーンを爆砕しながらこちらへと歩いてくる吉乃の姿であった。
「吉乃さん笑顔で何してるのー!?」

1 | 2 | 3  Next Last